2024/04/26

コミズムシ
Sigara substriata (Uhler, 1896)

 


体長5.5~6.5mm 国内では本州、四国、九州に分布する。
コミズムシ属内では大型。ペグ列は山型に曲がる。
植物の繁茂した開放的な池で採集された。産地は局所的。
「striatus」=線条の
<2023年11月4日 福井県>

2023/12/28

オモナガコミズムシ
Sigara bellula (Horváth, 1879)




体長5.4~5.9mm 本州、九州、対馬に分布する。
雄の頭部は前方に突出し、ペグ列は山型で波打つ。
植物の繁茂した池で採集された。産地は局所的。
「bellula」=かわいい、美しい
<2023年11月25日 愛知県>

2023/08/22

アカモンミゾドロムシ
Ordobrevia maculata (Nomura, 1957)




体長1.9~2.2 mm 北海道、本州、四国、九州、屋久島に分布する。
背面は黒褐色で、上翅の四隅に赤色の斑紋がある。
河川上流域でみられた。
「emaculata」=斑点のある
<2023年8月12日 石川県>

2023/03/09

ナガツヤドロムシ
Zaitzevia elongata Nomura, 1962


体長1.6~1.7 mm 奄美群島〜沖縄諸島に分布する。
やや赤みを帯びた黒色で、上翅の側部は黄色のラインがある。
体型はやや細長い。
「elongata」=伸長した
<2017年 2月28日 奄美大島

2023/01/03

ヒメツヤドロムシ
Zaitzeviaria brevis (Nomura, 1958)


体長1.3~1.6 mm 北海道、本州、四国、九州に分布する。
河川上流域の礫底より多数得られた。
上翅は黒色で中央に橙色の模様がある。
「brevis」=短い
<2022年 8月21日 愛知県


2022/12/27

ケブカオヨギカタビロアメンボ
Xiphovelia boninensis Esaki & Miyamoto, 1959

 


体長1.9~2.4 mm 小笠原諸島(父島)にのみ分布する。
背面は黒色で、やや長い毛がある。
オヨギカタビロアメンボXiphovelia japonica のような白い模様はない。
「bonin」= 無人島
<2022年 9月17日 父島


2022/12/17

オガサワラセスジゲンゴロウ
Copelatus ogasawarensis Kamiya, 1932




体長4.5~5.4 mm 小笠原諸島にのみ分布する国の天然記念物
体色は茶褐色で上翅の基部から側縁にかけて鮮やかな黄褐色。
上翅の縦溝は6本。
林内の薄暗い水たまりで岸際の落ち葉をめくるとそこにいた。
<2022年 9月18日 父島

2022/11/26

マルヒメツヤドロムシ
Zaitzeviaria ovata (Nomura, 1959)


体長1.1~1.5 mm 北海道、本州、四国、九州に分布する。
上翅は赤み帯び、点刻はやや大きい。
河川中流域より得られた。
「ovata」= 卵型の
<2021年 9月11日 愛知県

<2023年8月12日 石川県>


2022/11/20

ツヤナガアシドロムシ
Grouvellinus nitidus Nomura, 1963

 


体長2.1~2.3 mm 本州、四国、九州に分布する。
背面は黒褐色で、上翅側縁が黄色く縁取られる。
前胸背を横から見ると隆起している。
河川上流域より得られた。
「nitidus」= 輝く、美しい
<2022年 8月21日 愛知県

画面中央が本種
左下がヒメツヤドロムシ、右がアワツヤドロムシ

2022/10/08

秋晴の父島

 9月中旬 

- 台風一過 青きに夏の面影偲ぶ6日間の小笠原遠征記


はじめに

遡ること1年半、私が大学院2年生で修士論文もひと段落ついた頃、研究室の同期や後輩と卒業旅行の行き先を話し合っていた。まとまった時間のとりやすい学生だからこそ行っておきたい、行っておかなければならない島があった。
しかし、国立公園に世界自然遺産、天然記念物に森林生態系保護地域、、、調べるほどに遠い存在に思えた。
ここで虫捕りなんてできるのか、、、。

2月、父島への第一歩として「小笠原諸島森林生態系保護地域利用講習」を受講しにクワガタ屋の後輩と東京に向かった。
小笠原諸島の概要や動植物に関する基本的な情報を聞き、調査目的で入林する際の手続きについてもだいたい把握できた。
この講習を受けた上で、許可申請が通れば、小笠原諸島の約6割を占める国有林内と、さらにその中の森林生態系保護地域での調査が可能となる(国立公園の特別保護地区での採集や天然記念物に関しては、別途許可が必要となるため要注意)。なかなか骨が折れるが、希望は見えてきた。

我々の行く手を阻んだのは船の予約であった。
調べた時には予約はすでにすべて埋まっており、学生のうちに行くことはできなかった。


時は流れ、社会人2年目になった私はGWを狙った。が、4月初旬には満席。次はお盆を狙ったが、発売2日後には満席。次は9月の連休を狙って発売開始から予約サイトに張り付いた。発売開始と同時に、サーバーの回線が滞り、ページが動かなくなってしまう。そうこうしているうちにみるみる席は埋まっていき、高級な席以外埋まってしまった。これでもダメかと心が折れた。

数日後、1等室という高級な席ではあるが、キャンセルが出たのか、空きが出ていた。同行予定のクモ屋のS 氏に慌てて連絡した。相談の結果、一生に一度の機会だからと言い聞かせて腹をくくり、行きは1等室、帰りは特1等室を予約し、宿は「なぎ屋」さんに決まった。

地道に必要書類を揃えて提出し、ついに森林生態系保護地域での調査許可も得られた。
ここ数年の研究テーマ、カタビロアメンボ類に関する調査だ。
こうしていよいよ憧れの父島遠征が現実味を帯び、一日一日と出発日は近づいた。


1日目
東京から父島へは「おがさわら丸」で南へ約1000kmの航海である。
11時発のおがさわら丸に乗船し、いよいよ24時間の船旅が始まった。
おがじろうによるお見送り

ここで、同行する同期のクモ屋S氏について先に述べておきたい。
彼はおそらく大学時代を最も長く過ごした友人である。クラスメイトであり、サークル仲間でもあり、採集にもよく同行した。学部3年から同じ研究室に所属し、彼の圧倒的な凄みには大変な刺激を受け続けている。
そんな彼だがポンコツな一面もあり、壊したスマホは数知れず。私も言える立場ではないが、彼のそれは一発が大きいのである。

そんな2人にしては乗船までがあまりに順調であった。このあとに何かとんでもないことが待ち受けているのではないか、そう思わせるほどに。


部屋に入ると、さすがは1等室。金色のクッションが目に飛び込んでくる。
虫屋にはもったいない1等室

まずはお昼ごはんと言って、船内レストランで島塩ラーメンを食べた。

船内にWifiはなく、東京湾を出ると父島に到着するまで圏外となる。これはリサーチ不足だった。東京湾にいるうちに映画やアニメをダウンロードしておいた。お土産兼暇つぶしに買ったおがさわら丸のレゴはすぐに作り終えた。そう、ウキウキなのである。
船内のお土産ショップ「ドルフィン」で購入

自然観察会が船上で行われる予定だったが、接近していた台風の影響で中止になってしまった。
しばらく船に揺られているとフワフワしてきた。酔い止めを飲んでいたせいか、船酔いというほどではなかったが、夜になっても食欲は湧かなかった。お菓子だけは食べられた。

部屋のテレビには、船の現在地がリアルタイムで表示されている。深夜、気になって見てみると、あたり一面水色でちょうど東京と父島の中間くらいにいた。まだ半分か、、、、、わかってはいたが見るべきではなかった。
24時間という重圧と軽い船酔いにめまいがしながらシャワーを浴びて就寝。
あと半分。あと半分。。。


2日目
起きて寝て、起きて寝て、はて今は起きているのか寝ているのか。
人間、起きたところで何もなければ寝るらしい。S氏もどうやら同じ境地に立っている。

AM9:00 外は雨。気づけばもうあと2時間で到着だ。
そういえば昨日島塩らーめんの出来上がりを待っている時、コックさんが言っていた。「明日の朝ぐらいが結構揺れるから。」たしかによく揺れた。ただただベッドの中で時間が経つのを待ち続けた。

AM11:50 予定より少し遅れて、ついに、ついに父島上陸!
天気は晴れていて暑い。海はボニンブルーと呼ばれる美しい青色。大通りは島民と観光客で賑わっており、行ったこともないがハワイを思わせる光景だった。

なぎ屋でチェックインを済ませ、国有林課で入林許可証や腕章を受け取り、レンタカーもGET。いつもならそろそろ何かトラブルが起こるのに、おかしい、順調すぎる。
腕章を手に入れ、やる気UP

お昼は大通りで目についたHALEというお店で、タコライスをいただいた。
まだフワフワしているが、久しぶりの食事で美味しい。


それから早速、フィールドへと出かけた。
賑わっているのは港のある大村地区周辺くらいで、少し車を走らせるとすぐに林道っぽくなってくる。
1ヶ所目の沢に到着し、崖上から水面をのぞく。まるでポットホールのように川底は岩質でよどみが点在しており、でも水が流れている。
いたいたいた!遠目からでもすぐにわかった、天然記念物オガサワラアメンボだ!
お上品なオガサワラアメンボ

オガサワラアメンボ1齢幼虫

頭によぎるは「Neogerris」。本種の属名だ。日本にはもう一種、南西諸島にツヤのあるNeogerrisがいるが、それに比べずいぶんマットで落ち着いた印象。
このアメンボの生態写真を撮影すること、それがこの旅の目的の一つでもあった。言葉通りいくらでもいるのだが、天然記念物のため触れることは許されない。なので最初から狭い水面にいる個体を狙えば撮影も難しくない。
それにしてもほとんどがペアになっていて、時々単独のオスがいるような印象。

本来ならオガサワラアメンボの余韻に浸りたいところだが、真の目的がすぐそこにいることに、沢を下りた時からすでに気がついていた。異様な体型のカタビロアメンボがチラチラしている。こちらが気になってしかたない。
『ネイチャーガイド日本の水生昆虫』でも父島の不明種として紹介されている、謎のカタビロアメンボだ。めちゃくちゃいる、特に薄暗い小さな水溜りにめちゃくちゃいる。
おびただしい数の不明カタビロ

これがオスで


これがメスか

ケシカタビロアメンボも少ないながら歩いていた。小笠原諸島のケシカタビロアメンボについては、『日本産水生昆虫』に怪しげな一文がある。
「なお、小笠原諸島産などには形態的な差異がみられ、詳細な分類学的検討が必要と考えられる.」
、、、これは気になる。自分の目で確かめねば、その形態的な差異とやらを。


たくさんの不明種が水面をトコトコ歩いている中で、なにやら素早く滑っているカタビロアメンボがいるではないか。まさか...!!
うわ、でたー!!!!ケブカオヨギカタビロアメンボ!
別名、オガサワラオヨギカタビロアメンボ!!

初日から見れるなんて夢にも思っていなかった。父島固有種であり、絶滅危惧Ⅱ類に指定されている。この地球上で、父島にしかいないアツすぎるカタビロアメンボのお出まし。
その後も探したが、この1個体のほかに現れることはなかった。

どうやらS氏も狙いのクモがいたようだ。
興奮冷めやらぬまま、1ヶ所目の沢を後にした。


次に我々は砂浜に寄り道をした。
海に面した淡水の岩盤を探したが、それらしき環境は見当たらなかった。小笠原諸島のそういうところに棲むダルマガムシが2019年に新種として記載されているのだ。

気分を変えて漂着物や海浜植生に何かいないか探していると、クモを探しているはずのS氏から「スナゴミいるよ!」と呼ばれた。それはオガサワラスナゴミムシダマシに違いなかった。
おおーーー!ほんとだ!!自分でも驚くほど喜びが湧いた。
砂利に体をうずめるオガサワラスナゴミムシダマシ


あれは出発の2週間ほど前、私はゴミダマといえばのAさんに突然ご連絡した。
「父島のゴミダマ・その他甲虫で何か宿題はありますか?」

そんな無礼な質問にも優しく丁寧に答えてくださった。その宿題の一つにオガサワラスナゴミムシダマシがあった。
Aさんとは2017年の日本甲虫学会の懇親会で初めてお話した。数ヶ月後に大東島遠征を控えていた私に与えられた宿題はダイトウスナゴミムシダマシ。当時、ホロタイプのメス1個体のみが見つかっていた珍スナゴミダマだ。水昆屋には難易度が高すぎる宿題だったが、時期が良かったのか、同行者の協力もあり、あろうことかたくさん採れた。

そしてAさんと共著で書いた報文が私にとって初めての出版物だった。それから報文を書くようになった。

—虫の恩は虫で返す。
だから、オガサワラスナゴミムシダマシがこれほど嬉しかったのだ。


続いて、目をつけていた水しぶきのかかる岩盤へと向かった。
水しぶきをもろにかぶりながら岩盤に張りつくようにして目を凝らしていると、いたいた!!
「父島の  夜空をまとう  前翅かな」 オガサワラミズギワカメムシ

背面は濃い黒色で、黄色や白の斑紋と金色の毛が生えている。日本一の星空とされる父島にふさわしい見た目である。よくよく探していると、幼虫や羽化直後の成虫もいた。
羽化直後のオガサワラミズギワカメムシ成虫

シャワーを浴びたようにびしょ濡れになったが、それが気持ち良いくらいに暑かった。
足元の水たまりにはオガサワラヨシノボリがいた。

ここまでで今回見ておきたかった水生カメムシは勢揃いした。

帰りにスーパーに寄って、冷凍の焼きおにぎり10個入りを買った。
明日以降の朝ごはんはすべて焼きおにぎりになった。

夜はなぎ屋さんで、八宝菜やイカの刺身が出た。かなり美味しい。

同じ宿には、大学の研究室で気象に関するデータを取っているという方々も泊まっており、少し話をした。こういうところで研究者と出会うと、分野は違えどなんとなく親近感が湧くもので、研究やアメンボについても話した。

少し休んで20時頃、夜のフィールドへと向かった。
道端にはそこらじゅうにオオヒキガエルが転がっている。
砂浜やその周辺の森を散策したが、これといった成果は何もあげられなかった。




3日目
焼きおにぎりを食べて、午前中は小笠原自然文化研究所や小笠原ビジターセンターにお邪魔した。
ビジターセンターでは、結構マニアックな棘皮動物展が開催されており、生体展示もあった。

そうこうしているうちにお昼になり、テイクアウトの島寿司を食べた。
海風に吹かれながらベンチで島寿司。最高。


デザートにパッションフルーツをトッピングしたソフトクリームまで食べた。
いかん、昨日の満足感からか早くも中だるみだ。

午後からは森の中を流れる3ヶ所目の沢を目指し、道なき道を進んだ。
頑張ったわりには、罠にかかったホルスタイン柄のノヤギに出くわしたくらいで、一向に沢に下りられず結局来た道を引き返した。
・・・。

車を走らせて、入りたかった沢の上流側に来た。こちらは比較的入りやすく、程々の大きさの水たまりがあった。やはりオガサワラアメンボと不明カタビロはセットでいるようだ。
不明カタビロを採集していると、ケブカオヨギカタビロアメンボも混じってきたではないか。
木々に囲まれた流れ込みのある薄暗い水たまり、ここがケブカオヨギカタビロアメンボの楽園だった。コツをつかむとひと網で5〜6個体入るようになった。
生態写真もばっちり。

水面ではひたすら円を描くように滑りまくり、陸地も難なく走りまくり、撮影に苦労していると、、、ん?えっ!?うわぁぁああああこれはぁぁああああ!!!!
ケブカオヨギカタビロアメンボの長翅型。渋みの極み。

実はオヨギカタビロアメンボ属自体これまで見たことがなかったのだが、まさか、この種で、長翅型を召喚してしまうとは。この狂いそうになるほどの興奮はいつぶりだろうか。
注意して探してみると、1割程度は長翅型が混ざっていた。

ケブカオヨギに満足したので、今度は不明カタビロの撮影を続けていると、突如ヤツが姿を現した。
不明カタビロアメンボ♀の足元に潜むヤツ

おわかりだろうか。。。

そこには紛れもなくペンギンがいた。どうかした?とでも言いたげな表情でこちらを見ていた。


それにしてもあのゲンゴロウがいない。そろそろ姿を現しても良い頃だと思うのだが。図鑑には個体数が多いと書いてあるのにおかしいな。台風の豪雨で別の水域へと分散してしまったのだろうか。
次に行った沢でも、その次に行った良い感じの沢でも、クモの成果はあったようだが、肝心のゲンゴロウが見つからなかった。

あっという間に日が沈み、晩ごはんはなぎ屋でヒレカツとマグロの刺身をいただいた。相変わらず美味しい。

夜は、先ほど行って良い感じだった沢に行くことに決まった。
わずかに流れのある大きめの水たまりが森の中にぽつぽつとある感じで、底には落ち葉が溜まっている。水面にはオガサワラアメンボと不明カタビロがかなりの数いる。
調べた情報を頼りに落ち葉をめくり続けるも、ひたすら空振り。どれだけセンスがないんだ。ここまで来るともう意地で数打つしかない。通算数百枚はめくっただろう。

!!!!!!!!!!!!!!!

んんんんん、鞘翅!

あと一歩のところまで来ている。ここにいると分かれば俄然やる気が出てくる。
さらにスピードアップして落ち葉をめくりまくったが、生きた姿は見れなかった。

幸い、偶然リュックに激突してきたカミキリムシがいたので、Aさんへのお土産はできた。

宿に戻ると、S氏が何か思い出したようにリュックを漁り、誕生日プレゼントとして梅風味の麦焼酎をくれた。


4日目
焼きおにぎりを食べ、この日は東側の海岸へと向かった。その海岸へ行くためには途中で車を降りて一山超えなければならない。
入り口には、講習で聞いていた消毒設備が待ち構えていた。靴底をガジガジとこすり、コロコロで服などに付いたゴミを除去し、最後に独特な匂いを放つ木酢をシュッシュと振りかける。
入林の儀

それから、目的ごとに色分けされた石を、行き先の書かれた竹筒に人数分だけ入れていく。
なんか良い

森に入ると、オガサワラゼミの鳴き声が響き渡っていた。初めのうちはなんだか楽しい遠足気分だったが、それはあっという間に消え去った。我々を待ち受けていたのは、想像をはるかに超える激しい登りと下りの連続。9月半ばだというのに日差しが強く、暑すぎる。体力の衰えを感じつつある我々に容赦ない急勾配が襲いかかる。
山頂にある展望台に着く頃には、汗だくで足はガクガクしていた。綺麗な景色を前にして、しばらくベンチに腰かけ、うつむいて地面のアリを見ることしかできなかった。

少し休憩してから、海岸へと下った。結構な段差のある階段を下りて行く。登りに比べれば余裕がある。軽やかに下りて行く。
下りても下りてもなかなか海岸に辿り着かない。これ、帰り大丈夫か。。。?
不安が膨らむ一方で、ここまで来たら引き返すわけにはいかない。

海岸に着くと、誰一人いない綺麗な砂浜が広がっていた。しかし、ここまで来ても淡水の浸み出す岩盤がないのはあまりに無念。近くの沢を見ると、ここにもいつものアメンボたちが群れていた。本当にどこにでもいるようだ。


正午を回り、おなかも空いてきた。食べ物を得るためには町へ帰らなければならない。
帰り道は過酷を極めた。
夏休みの部活で炎天下の中、校舎周りをぐるぐる走らされた後の、あの懐かしい汗を数年ぶりにかいた。
途中途中で何度か休憩というより放心状態をはさみ、なんとか車に戻ってきた。

町への帰り道、一瞬だったが道路脇に黒っぽいハトが見えた気がした。急いで車を停めてもらい、走った。ガクガクの足がこの時だけはよく動いてくれた。
やっぱりそうだ!アカガシラカラスバト!小笠原諸島の固有種で国内希少野生動植物種や天然記念物にも指定されている貴重な鳥類。
アカガシラカラスバト

お昼はハートロックカフェというおしゃれなお店で、サメのハンバーガーを食べた。
ウミガメの塩煮丼も頼み、S氏と分け合った。観光客らしい注文だ。
小笠原諸島では古くからウミガメを食べることが伝統文化としてあり、保護も行いつつ時期と頭数を決めて漁をしているらしい。


初めて食べるウミガメは意外と食べやすく、美味しかった。ただ食感はこれまで食べたどの肉とも違い、ほどよい弾力があった。


すでに14:30。午後は原生林という感じの道を進み、ジャングルのような沢に行った。
川底が赤土っぽく、オガサワラアメンボがよく映えていた。


ところで、ゲンゴロウ・・・。
明日の昼には帰りの船に乗らなくてはいけない。いよいよ焦ってきた。
もう今夜に賭けるしかない。あの鞘翅を見つけた沢でリベンジを挑むしかない。

夜ごはんはタコライスと肉じゃがをいただき、20時頃、あの沢へと向かった。
行く途中、S氏がオガサワラコモリグモを採ると言って、芝生に降り立った。ヘッドライトを点けているとはいえ、夜なのに次々と見つけるS氏。どうやらクモの目に光が反射していて、しかもその光の大きさから幼体か成体かまである程度見極めているという。
私にはさっぱりわからなかった。目の前で繰り広げられる職人芸に感嘆の声をあげるしかなかった。

習得は早々にあきらめて、近くにあった宿の灯火に来てみた。
おっ!マグソコガネだ!おそらくAさんの宿題にあったナンヨウニセツツマグソコガネ。
いてくれてありがとう

沢への入口に着き、空を見上げると満点の星空。
さあここからが本番だ。沢に着き、落ち葉めくりスタート。

ふとライトを消してみると、ホタルのような光が向こう側に見えた。気になって近づいてみると、ヤコウタケだ!初めて見れて感動した。S氏を呼ぶと、これは良いものを見れたと二人してヤコウタケ撮影大会が始まった。
ぼんやりと暗闇に浮かぶヤコウタケ


いかんいかん。落ち葉めくりを再開した。
「この落ち葉、さっきもめくったな」そういうことが度々起こる。岸際に沿って時計回りにめくってゆく。それを2つの水たまりでしたところで、心が折れてしまった。

もうゴミダマとカミキリを探そう。水辺から離れ、立ち枯れについていたゴミダマをちゃっかり採集した。

ただ、心のどこかで本当にこれで良いのか?ゲンゴロウ探さなくて良いのか?と自問している。

私を水昆沼に導いたゲンゴラー先輩の有名な言葉にこんなものがある。
『ゲンゴラーは最後に奇跡を起こす』
これは精神論とかそういうのではなく、幾度となく実証されてきた事実であることはよく知っていた。

再び水たまりに戻り、落ち葉めくりを再開した。どれもさっきめくった落ち葉だ。精神的にしんどい。

そろそろ帰ろうかというムードになったので、心の中でS氏にこう言った。
「ここ探していなかったらもう帰ろう!」
口にしてしまうと本当に帰ることになるから、言わずにとどめるという最後のあがき。

沢を少し下ったところに堤防があり、その手前に植物の堆積した沼があった。
落ち葉をめくると、驚いて飛び出してくるヨコエビがゲンゴロウに見えて紛らわしい。

『ゲンゴラーは最後に奇跡を起こす』

一瞬だった。
茶色っぽい楕円形が横切った気がした。んんんん、今の、ヨコエビじゃないよな?

そっと陸地寄りの落ち葉をめくった時だった。慌てて水中に逃げ込む姿を見て確信した。
おおおおおおおおお!!!オガサワラセスジゲンゴロウだぁぁぁああ!
やったーーーー! 遠征名物、ヲタケビというやつだ。

小笠原諸島の固有種であり、水生甲虫で唯一、天然記念物に指定されている。
落ち着くタイミングを待ち、生態写真をパシャり。
語彙力を失うほどの美しさがそこにはあった。
ふつくしい

あゝ、ふつくしい


宿に戻り、S氏にいただいた麦焼酎で祝杯をあげた。



5日目
ゆっくりめに起床し、最後の1個の焼きおにぎりを食べた。
今日は船の出港日。活動できるのはお昼頃まで。

まずオガサワラミズギワカメムシのいる岩盤へと向かった。
撮り直しをしたり、オガサワラヨシノボリを撮る余裕すらあった。
オガサワラヨシノボリ水中写真


次に海岸性のクモを探しに少しだけ砂浜に寄った。ここでも淡水が浸み出しているような岩盤はなく、ついにオガサワラセスジダルマガムシに出会うことは叶わなかった。

お昼ごはんは、あめのひ食堂さんで島魚の漬け丼を食べた。ものすごく美味しくてオススメです。待っている人もいてかなり人気店のようだ。
極美味、島魚の漬け丼

ウミガメの刺身もあるということで追加注文し、S氏と分け合うことにした。
小笠原の食文化。命の恵みに感謝。アオウミガメのお刺身

色々な薬味と合わせて醤油で食べると、美味い!
舌触りは少しザラザラとする感じで、口の中でばらばらとほぐれていくような独特な食感だ。クセはない。

チャラ日和というお店に寄り、デザートのバナナアイスを食べた。
最後に観光名所の砲台跡なども見に行き、父島での活動は幕を閉じた。


帰りのおがさわら丸に乗船し、特1等室でくつろいでいると、島民の方々のお見送りが始まっていた。急ぎ足で部屋を出ると、港から大勢の人が船に向かって手を振っていた。
おがさわら丸の「ぼーーーーーーっ」という汽笛とともに、十数隻の漁船も追いかけてくるではないか。これほどまでに手厚いお見送りは初めてで驚いた。
それぞれの漁船にはたくさんの島民が乗っており、船の上から手を振っている。さらには、せーので10人ほどが飛び降りて、言葉通り海の中から手を振っている。船の上で逆立ちをしている人までいた。
目に焼きつくほど強烈なお見送り

最後は海上保安庁の船が華麗に見送ってくださった。あまりにも強烈なお見送りだった。
しばらくそのまま海を眺めていた。

父島を出発して40分ほど経った頃だろうか、私とS氏はまだ海を眺めていて、そろそろ部屋に戻ろうかという時だった。
視界の隅に、黒いカゲが海に飛び込んでいくのが見えた。
いや、垂直落下というべきか。
それは、くるくると回転しながら水しぶきもあげずに静かに海に消えていく。


私の見間違いでなければ、、、、とS氏に目をやった。

彼の表情と、そして空っぽになった両手が全てを物語っていた。


こうしてまた一つ、彼の黒歴史が刻まれたのであった。
『2022年9月 S氏  手が滑ってスマホ落下 おがさわら丸から太平洋へ」

順調すぎる旅の謎が解けた瞬間でもあった。あぁ、これだなと。


しばらく部屋で心の整理をし、17時頃、再び外に出てみると、カツオドリが悠々と飛んでいた。時折、海水面をパトロールするようにキョロキョロする。顔の青みもはっきり見えるくらいの距離を飛んでいる。優雅に飛んでいたカツオドリが突然急降下すると、トビウオがジャンプし数mほど滑空する。それを追うようにカツオドリも滑空し、飛び込む。カツオドリ、かっこいい...!
パトロール中のカツオドリ
気がつくと遠くの雲に薄っすら虹

カツオドリに見惚れているとだんだん日が落ちて来た。船上から眺める日の入りは格別だろう。せっかくだからもっと格別にしようと、S氏と急ぎ足でショップに向かい、小笠原クラフトレモンチューハイを購入。
なんと贅沢な時間だろうか。水平線に沈みゆく夕日を船の上から眺めた。
さっきまでの青に黄色がじんわり染みて、水の塊が重力で無理に押さえつけられている。そんな感傷に浸っていると、初めて、言葉にできないくらいに"地球"を感じた。
おがさわら丸から望む地球


特1等室はお風呂付きだったので、フワフワする前に早々とシャワーを浴びた。
行きに買っておいたが食べれていなかったカレーメシを夜ごはんに食べ、深夜まで映画やアニメを見倒した。


6日目
やはり起きてもすることがなければ寝るしかなく、東京に着くまでまどろんだ。
デジタルデトックス中のS氏も寝る以外に選択肢はなかった。

こうしてなんとか24時間を乗り越え、長かった船旅が終わった。

父島では暑さに苦しんでいたのに、東京に着くと少し肌寒くなっていた。
東京からはるか遠く、ボニンブルーとカツオドリブルーが夏を懐かしく思い出させる。


— 青きに夏の面影偲ぶ6日間の小笠原遠征記